『雨柳堂夢咄 宵待ちの客』  波津彬子

<「これはある華族のお嬢様の晴着だった物だ 三つ襲で仕立てた上等の友禅だけど これは君の着物だね?」

(中略)

「竜衛がむかえに来てくれたら 家を出る時これだけは持って行こうと決めていたの お嫁にしてもらう時にこれを着るのよ ずっとそう思っていたの」>

 

波津彬子さんの漫画は、絵の線が繊細で美しく、またストーリーもしっとりとした展開で、お気に入りの作品が多いのですが、この雨柳堂夢咄シリーズは私の永久保存版です。

時代は明治の初め。骨董屋の雨柳堂の孫である蓮くんは、物の気を感じることができます。様々な物に憑いている、かつての持ち主が作り出した思いを読み取れるのです。

上記のシーンは雨柳堂にある着物が持ち込まれたことから生じます。華族の令嬢と使用人である竜衛の身分違いの恋。無理やり別れさせられたお嬢様は、悲観して身投げをしてしまうのです。それから10年だか20年だか経って、その着物が売りに出され雨柳堂の店頭に飾られると、成仏できていなかったお嬢様の霊が着物に引き寄せられるようにお店にやってきて、蓮くんと会話を交わすのです。

結婚する時のための衣装。現代でもそこに深い思いを込める女性は多いと思います。たとえ当日しか着ないレンタル品であっても。

それが日頃からお気に入りにしていた晴着ならばなおさら。

雨柳堂夢咄シリーズには、着物に込められた思いに関わるシーンがたくさん出てきます。

着物1枚1枚に、私たちは様々な思いを乗せているものです。もちろん思い入れのある洋服もありますが、なぜか着物の方が思いが深いような。

着物そのものへの思いだけでなく、その着物で出かけた場所や一緒に行った人などもよく記憶していたりします。

そんな思いや思い出が、着物にどんどんどんどん重なって……。

 

 

2017年09月03日